Another Guitar Interview トクマルシューゴ

世界各国のトラディショナルな楽器からポップなトイまで、さまざまな音を好奇心たっぷりに生かしたサウンドをクリエイトしている音楽家、トクマルシューゴ。アジアの民族楽器にも関心をもつトクマルさんのベトナミーズギターへの第一印象は「なんだろうこの音? 手作りのDIYギターかな?」という、摩訶不思議なものだったとか。ベトナム現地にはないセッティングで自身のオリジナル曲「The Mop」を、ベトナム現地に近いセッティングでベトナムの大衆音楽である「Vong Co(ボンコウ)」の演奏を終えたトクマルさんに訊く、ベトナミーズギターの魅力とは。

聞き手:大野利洋(ロムギター代表) 
構成:丹野未雪 撮影:相澤心也

正解がわからない不思議な楽器

画像
トクマルシューゴ

――ベトナミーズギターの存在は知っていましたか? 

トクマル :はい、知ってました。10年ぐらい前だったかな。あるベトナム音楽を聴いていたときに、ヘンなギターの音が聴こえてきて。なんだろうこの音と思って調べていったら、ボタンがたくさんついていて、エフェクターが内蔵されていて、ネックがえぐれているギターの写真が出てきた。

――エレキモデルだったんですね。

トクマル :驚きましたね。たぶん手作りのDIYギターなんだろうな、と思ったんです。そのときは販売されている楽器だとは知らなかったんですよね。

――ベトナミーズギターって、たしかに創作楽器みたいなインパクトがありますよね。トクマルさんはいろいろな民族楽器をお持ちですが、今回、エレキのベトナミーズギターを弾いていただきました。いかがでしたか?

トクマル :いままで自分が弾いてきたギターと同じかたちをしていながら、それとは違う音色の出し方を独自に発展させている楽器だな、と思いました。まず、チューニングがわからなかった(笑)。正解がわからないから、とりあえずレギュラーチューニングにしたんです。

――ギターのかたちをしているのに、ギターっぽくないぞと(笑)。

トクマル :そう(笑)。だって、このギターのかたちって、完成されたものとしてすでにあるわけじゃないですか。それをなぜこんなふうな構造に作り変えたんだろう?これが当たり前なんだっていうふうに演奏しているんだろう? って。不思議な楽器ですね。

画像
全指板が半月型にえぐれているベトナミーズギター

セッティング次第で普段の演奏も

画像
ベトナム製の専用弦を選ぶトクマル

――セッティングはどのように決めていきましたか。

トクマル :初めて触れる楽器、という感じでさわりました。まず、普段通りに演奏しやすくするために普通のギターのレギュラーチューニングにしました。そうして、そのチューニングのままベンドをしやすくするためにだいぶ細い弦を張りましたね。

画像
「The Mop」演奏時のセッティング

――ベトナム製の専用弦を張っていただきました。トクマルさんはスキャロップ加工したギターをお持ちと聞いていますが、比べてみていかがですか。

トクマル :スキャロップ加工されたギターとは違う音域や感触だったのがすごく面白くて。例えば、普通にコードを弾くのも、アームの必要なくゆらすことができる。トレモロのような、エフェクトをかけたような音が出せて、普通のギターで表現できないニュアンスを出すのが得意になれそうだなと。

――ギターをはじめ、さまざまな楽器を演奏するトクマル さんにとって、ベトナミーズギターの演奏はしやすかったですか?

トクマル :一般的なエレキギターの基本的な奏法、例えばチョーキングとかハンマリング、プリングなどある程度わかっていれば誰でもさわれると思いますよ。チョーキングだけで言えばベトナミーズギターのほうがやりやすいかもしれない。押すだけなので。

音のゆるさが即興の選択肢を広げる

画像
左から、清岡秀哉、トクマルシューゴ、吉田悠樹

――「The Mop」をセルフカバーしていただきましたが、ベトナミーズギターを用いてどのような表現をめざしていったのでしょうか。

トクマル :自分が普段演奏している音楽とベトナムの音楽のちょうど間の表現ができればいいかなと。どちらに振り切るわけではない中途半端なところから、新しいものが生まれてくるかなと思ったので、自分の音楽とベトナミーズギターらしさのちょうど真ん中らへんを狙いました。

――オリジナルにはない前奏があったり、ゆっくりしたテンポで始まるアレンジは、どのように発想されたのでしょうか。

トクマル :ベトナミーズギターの魅力をなるべく伝えられたらなと。ベトナムでは合奏することが多いですよね。合奏のなかでのギターの面白さも同時に表現できたらいいかなと思いました。編成もベトナムの楽器を意識して、スライドギターとベトナムの民族楽器であるダンニイに近い二胡とでやってみました。

――弦楽三重奏、ちょっとした響きの不安定さがむしろ豊かさに聴こえてきて、とても面白かったです。

トクマル :合奏じたいが楽しいし、いろいろなアイデアが浮かんできて、即興的なものにラクに入りこめる。延々と演奏していられるなあ、っていう。それって、音のゆるさゆえだと思うんです。例えば、「ミ」なのか「レ」なのかわからない音が出てくることがあって、その不明瞭さゆえにどちらも選べる。つまり、選択肢が広がるんですよね。ベトナミーズギターって、長く一緒に演奏するための楽器なのかもなと思いました。

「The Mop」の原曲をcheck!

古典音楽から学ぶ新しいフレーズ

画像
現地に近いセッティングで挑む「Vong Co(ボンコウ)」

――なるほど。もう1曲演奏していただいたのが、ベトナム南部の大衆音楽である「Vong Co(ボンコウ)」という曲です。「The Mop」を演奏した時と同じ細い弦のまま、チューニングをベトナム現地に近い、かなり音程もテンションも低いセッティングで演奏していただきました。

トクマル :不思議なチューニングですよね。オープンチューニングのような、響きがベトナムの音階に近い、こう、跳んでる感じの音階って言うんでしょうか。しかし、なんでこんな音階になったのか面白いですね!

画像
「Vong Co(ボンコウ)」演奏時のセッティング

――ベトナム現地では演奏家や演奏する曲によって6弦全部のチューニングを一度に上げたり下げたりするんですよ。

トクマル :へえ、面白いですね! 響きに対する慣れは耳でこなせるけど、音の跳び方であったりリズムの置き方であったり、メカニカルなところが若干難しいですね。このリズムは自分にないものだったので。

――トクマルさんが言ったような難しさって、ベトナム古典音楽の特徴とも重なるな、と思いました。

トクマル :似たようなフレーズを持ってくることはあっても、同じフレーズは繰り返さない。わからせようとしてないというか、同じことをしないんですよね。どんどん先へ進んでいく感じですかね。面白いです。

――現地の奏法はどうでしたか。

トクマル :僕は左手で弦をおさえるとき小指を使うことが多いんですけど、現地の奏法ではそんなに使わないですよね。それから、ビブラートをしないとか、独自の決まりごとがあるんだなと気がついて。そういう縛りの中で演奏することがほとんどないので、新鮮でしたね。

――僕らが普段あまりしない運指ですよね。

トクマル :そう。視覚的な動きもこんがらがりますね(笑)。それと、「あぁ」「おぉ」みたいな、落ちるメロディが多い。しかも、全ての楽器がメイン! 洋楽とか邦楽だと通常は伴奏があってメロディラインがあるけど、それとは違う。

画像
「Vong Co(ボンコウ)」の譜面(一部)

――いままで経験したことのない音楽でもあると。

トクマル :そうですね。もともと僕はピアノでクラシック音楽をやっていて、「ピッチがずれる=悪」みたいなところで育ってきたんですが、不安定さから生まれる面白さに惹かれて、10代なかばぐらいでそれが崩れ去ったんですね。音楽を作るとき、どこまでが自分の好みなのか、不安定さからの面白さを探っていくんですけど、まだわからないものがあったりして(笑)。狙ったのものなのか、美しいものなのか…ベトナム音楽には自分にとってあたらしいところをくすぐられます。

――違う言語というか。

トクマル :そう、違う言語ですね。基本にしているものが違う。例えば抑揚のつけ方、曲の流れの概念が違っていて、「ここでピアニッシモに」とか、あんまりないですよね。トランスに近い、同じテンションで繰り返していくことで高揚するというか。

――しかも、即興かと思いきや譜面があるという。

トクマル :そう! 僕、動画でこの曲を聴いたとき、最初から最後まで即興だと思っていたんです。それが、譜面があるというので驚いて。意外と再現できるかもしれない! ぜひやってみたい! と思いました(笑)。こんな機会ないじゃないですか。

「Vong Co(ボンコウ)」の
ベトナム現地での演奏をCheck!

ベンド表現が生み出す特徴的な音色

画像
「音楽の可能性を広げる楽器ですね。」と語るトクマル
画像
弦を押し込むことで可能になるベンド表現

――そう言ってもらえるとうれしいです(笑)。ちょっと大きい質問かもしれないんですが、ベトナミーズギターが持っている可能性ってなんでしょうか。

トクマル :大きいですね(笑)。そうですね…やはりベンド奏法ですかね。音のゆらぎが音楽の幅を広げてくれると思います。例えば、ある楽器を始めたばかりのとき、ピッチやチューニングが合っていなかったりして、弾いてる自分にもメチャクチャ面白い音楽に聴こえたりするじゃないですか。それが次第に弾けるようになっていくことで、ふと、つまらない音楽に聴こえてしまう瞬間があったりしますよね。ベトナミーズギターにはその瞬間がない(笑)。

――そうかもしれない(笑)。僕も面白くて仕方ないです。

トクマル :セッションで使ったらよさそうだなと思いますね。あとは、特徴的な音色を使ってCM音楽とか、短い時間でインパクトを与えるようなキャッチーな使い方ができるんじゃないかなと思います。今回は、原曲をどうベトナミーズギターでアレンジしていくか、っていうのをやったと思うんですけど、その逆から、ベトナミーズギターから発想していく、というのも曲作りの可能性を広げてくれそうです。エフェクターとかも使ってみたいですね。

――ぜひ聴いてみたいです! ワクワクしてきました。

トクマル :そういう意味でも、音楽の可能性を広げる選択肢がたくさんある楽器だと思います。「平行世界の楽器ですか」って言いたくなっちゃうぐらい、わからないからいろいろ知りたくなっちゃう不思議な楽器なんですよね(笑)。

Vietnamese Guitar
Electric Standard
ベトナミーズギター・エレクトリック・スタンダード

Vietnamese Guitar Electric Standard
                                 ベトナミーズギター・エレクトリック・スタンダード

Vietnamese Guitar
Electric Standard
ベトナミーズギター・エレクトリック・スタンダード

ベトナミーズギターのエレキギターモデル。
ベトナムの工房で質の高いモデルを製作。ベトナミーズギターが特殊な民族音楽楽器ではなく、身近な楽器になっていくことを願って一般的なギターのシェイプをセレクトしました。
カラーはベトナムタイニン省の街並みをイメージした2色展開。ベトナミーズギターではスタンダードである5点式のピックアップセレクターの全てのポジションにおいてフロントピックアップが接続された配線を採用。

Another Guitar Interview 桜井芳樹 好奇心をかきたてるアジアの音楽を知るためのカギ