アメリカン・ルーツ・ミュージックを探究する屈指のギター奏者として、いぶし銀の存在感を放つ桜井芳樹。ギタリストはもちろん、多くのミュージシャンからリスペクトされている桜井さんが、以前から興味を寄せていたのがベトナミーズギターだ。「ベトナムで買ってきてもらおうかなと思っていた」という桜井さんが初めてふれ、「まだまだ探り探りです」と語るプロセスと、ベトナミーズギターから触発されたという曲について訊いた。
聞き手:大野利洋(ロムギター代表)
構成:丹野未雪 撮影:相澤心也
親近感のわくアジアの弦楽器

――ベトナミーズギターについてはどのように知ったんでしょうか?
桜井 :ずいぶん前だけど、たしかアジア音楽のコンピレーションを聴いていて、それでまず音を知りました。ミョンミョンしていて特徴的だからね。その後、雑誌か何かでベトナミーズギターの写真を見て、これだったのかと。指板がこんなにえぐれているんだ、と思ったね。ギターショップの人と話していてベトナミーズギターの話題が出たこともあったし、でも現物は一般的に販売されているわけではなかったから、ベトナム旅行に行った人に買ってきてもらおうかなと、ちょっと思ったりしました。
――手にしてみたい、と思っていたんですね! ベトナムの音楽家、キム・シンさんが好きだと以前お聞きしましたが、ベトナム音楽へのご興味もあったんでしょうか。
桜井 :ベトナムというより、アジア音楽全般ですね。ミャンマーとかインドネシアとか、情報がごちゃまぜになったまま、現在に至っているかもしれません(笑)。アジア各国の古典曲を聴くのは面白いです。
――タイとかにもギターに近い弦楽器がありますけど、そうしたアジアの弦楽器の中で、なぜベトナミーズギターだったんでしょうか?
桜井 :まず見た目。かたちがまるっきりギターじゃないですか。エレキなんて、ストラトキャスターを改造しているというところで親近感がわきますよね。
――たしかに(笑)。
桜井 :大野さんがアコースティックのベトナミーズギターを持ってきてくれたとき、これはすげえなと思って写真を撮って、わりとすぐSNSにあげたんですよ。するといろんな方からすぐ反応があって。「おっ、ベトナミーズギターだ」「僕も欲しいんだよな」とか、コメントがいろいろきたんです。内橋和久さん(ギタリスト、「イノセントレコード」主宰)は、僕も持っていますよと言って、エレキのベトナミーズギターの写真をあげてくれました。
――うれしい反応です! ベトナミーズギターを持っている人じたい、まだまだ多くないので。
桜井 :そうですね。さっきも言ったけど、現物がまず一般に流通しているわけではなかったし、手に入れるのはなかなか勇気がいることだったかもしれない。
――そうかもしれないですね(笑)。でも、すごく面白い楽器なのでもっと知ってもらいたいし、是非一度試奏して欲しいです。

やっぱり、ベンドに尽きる

――実際に音を出してみていかがでしたか?
桜井 :手にしてまず思ったのは、これだけえぐれているんだ、どれくらいベンドができるんだろうということでしたね。最初、現地と同じチューニングにして弾いたんですけど、さわって音を出していくと、何でこんな楽器を作ったのか知りたいという気持ちが強くなりました。YouTubeでベトナム音楽の動画を見ていると、使う音が少なくて弦3本ぐらいにすればやりやすいんじゃないかと思うような楽曲があったりしますけど、そこをあえて6本張って指板をえぐってベンドするということをやっているので。
――現地には、いちばん下の弦がない、5本のものもあったりします。
桜井 :へえ! 下はとにかく使わないという感じですよね。だから僕は今回演奏した曲で、あえて使ってみたんです。
――そうだったんですね。あたらしい曲が聴けるとは思っていなくて、感激しました。非常にかっこよくて…!
桜井 :ありがとうございます。
――この曲の具体的なセッティングについてお聞きします。弦は?
桜井 :かなり細めです。010だったと思います。1、2弦ぐらい(さらに細いベトナム専用弦に)変えようかなと思ったんですけど、一度張った弦をすぐ変えるのが好きじゃないので、音程を下げて対応しました。
――チューニングは?
桜井 :わりと親しんでいるチューニングであるDAGDADを5度下げたものにしました。

――ベトナムでは単音で弾くことが多いのですが、和音で演奏されていたのが面白かったです。フィンガーピッキングならではの楽曲だったと思うのですが。
桜井 :最初大野さんからのリクエストでサムピックを使ったのですが、コントロールが難しくフィンガーピッキングでやさしく弾いた方が良いかなと思いました。
――弦のテンション(ゆるさ)との相性ということでしょうか?
桜井 :サムピックで強く弾くと弦が結構ゆれるので、ここだと思った場面でピックが弦に当たりづらくなったりする。指で弱く弾いたほうが弾きやすいし、音もいいんじゃないかと思いますね。
――なるほど。曲を作っていく過程で気づいたことを、もう少しお話いただけませんか。
桜井 :通常のベンドではできないことが、はからずもできる場面があったことが面白かったですね。オクターヴでそのままベンドできるっていうのも、とても面白い。
――ベンド表現をふんだんに取り入れた曲でしたね。和音でベンドするっていう奏法があってこそとも思いました。
桜井 :やっぱり、ベンドに尽きるというか。ただ現状、僕はまだそこまで弾けないというのが正直なところでして。短調か長調かはっきりしている曲はベンドが難しいので、ブルースっぽいものであれば自分の中ではベンドしやすいというのと、コード進行がほとんどないというところで、いまできる精いっぱいのことをやりました(笑)。
アジア音楽を知るためのカギ

と語る桜井
――ベンドひとつにしても、ゆらす、押し込むとか、表現の幅があると思うんですが、どういったところを展開していかれたんでしょうか。
桜井 :まずどうやったら自分にとっていいベンドの音程が出せるのか、押し込む指の角度のやりやすさをあれこれ試したり、探っているところですね。あとは、ベンドして押し込んだ弦を戻すのが難しいかな。普段よりかなり力を入れて押し込んだものを触るだけのようなタッチに戻すっていう。
――そうなんですよね。ベトナミーズギターって、無骨な楽器なのにそうした繊細さがあるというか。
桜井 :うん、音を出す瞬間は繊細ですね。
――今後、ベトナミーズギターでどのようなことをしてみたいですか?
桜井 :初歩的なことを練習したいですね。今回の曲は、試奏するのと同じ気持ちで弾いてみたと言えるので。自分の感覚でチョーキングに近い感じでベンドをしてみている、やりやすい方向に引き寄せているのが現状です。むしろベトナミーズギターには、なぜこういう楽器が作られたのか、求められたのか、好奇心をかきたてられているので、ベトナム音楽、もっと言えばアジアの音楽を知っていくカギにしたいですね。
Traditional Accoustic トラディショナル ・アコースティック

Traditional Accoustic
トラディショナル ・アコースティック
ベトナムの工房で日本向けの質の高いモデルを製作。
縁のデコレーションが特徴的な伝統的なスタイルにボディサイドの加工も加わり工芸品のような仕上がりになりました。
さらに音質・演奏性向上のため日本に商品到着後、HUMPBACK ENGINEERINGにてパーツの交換と調整を行いました。ペグにはgotoh sg381を採用し、ベトナム現地でも手に入らない高品質なモデルになっています。